ニューモデル速報 2015年型タイガー800シリーズ
トライアンフのアドベンチャーレンジに、中間排気量モデルとして2010年にデビューした『タイガー800』と『タイガー800XC』が、2015年モデルでは兄貴分にあたる『タイガー・エクスプローラー』同様の電子デバイスを搭載。
トライアンフのアドベンチャーレンジに、中間排気量モデルとして2010年にデビューした『タイガー800』と『タイガー800XC』が、2015年モデルでは兄貴分にあたる『タイガー・エクスプローラー』同様の電子デバイスを搭載。
1999年にデビューした『スプリントST』は、トライアンフにとって初のアルミツインスパーフレーム採用車。1990年代前半にはスチールフレームを積極的に選択していたトライアンフも、1997年型『T595デイトナ/T509スピードトリプル』ですでにペリメタータイプのアルミフレームを導入していたが、シンプルで剛性に優れるツインスパータイプを導入したのは、スプリントSTが初めてだった。
16歳で原付バイクの免許を取得して始まったワタシのバイク人生。取るまではそれほどバイクに興味があったワケではなく、まわりの友人達が取りはじめたのでなんとなく自分も行っとこっかな?、という程度の気持ちで府中の運転免許試験場に向かったのが正直なところでした
2009年に国内ラインナップ落ちしたロケットⅢが、ABSやギアインジケーター装備した『ロケットⅢロードスター』として50台限定で復活。
1993年に初代が登場した『タイガー』は、1999年に初のフルモデルチェンジを敢行。新規採用された3気筒ユニットは『T509スピードトリプル』用がベースだが、カムや圧縮比の変更によって、アドベンチャーツアラーとして最適な特性を獲得。
ロッカーズは、『第1章 ROCKERS! 心を揺さぶるロッカーズ魂』で記したように、スピードに取りつかれた若者達で、闇夜に公道でレースを繰り広げる社会からのはみ出し者だった。
個人でも出品できるバイク専門のフリーマーケットがバイクブロスサイト内でスタート。代金未払い、商品未着などトラブルを回避しるための決済方法も利用でき、会員専用のマーケットなので、ショップとの取引はもちろん、個人間の取引も安心して行えるマーケットです。
2014年11月1日に社名を改めると同時に、それまで副社長を務めてきた野田 一夫さんが代表取締役社長に就任し、新しい体制となった『トライアンフ モーターサイクルズ ジャパン』。
世界限定1,000台、日本国内での販売は80台のみとなる『ボンネビルT214リミテッドエディション』。
トライアンフがテーマに掲げる『FOR THE RIDE』を映像で表現したブランドイメージムービー。
毎年11月にイタリアのミラノで開催されている国際的なモーターサイクルショー『EICMA』。トライアンフは、2014年のEICMAで新しい『タイガー800』シリーズを発表しました。
僕がデイトナに惚れ込んだ経緯は前回のコラムでも触れたが、人やモノとの出逢いには“縁”という深遠な事柄が絡み合っていると常々思っている。「それは、いくら何でもこじつけ過ぎなんじゃない?」と、思われてしまうかも知れない。
近年ではさまざまなクラシックモデルを販売しているトライアンフ。その原点となったのは、1995年にデビューした『サンダーバード』だ。
現行モデルではなくクラシック、“オールドトライアンフ”オーナーが集まるイベントが、ここ日本で開催されていることをご存知でしょうか?モーターサイクルメーカーとして長い歴史を誇るトライアンフには、当然その時代の車両を愛でるライダーも数多く存在します。
今回からは、お手軽にできるカスタムを紹介しましょう。クラシックレンジのモデルをよりクラシカルにするには、1950?60年代のトライアンフの写真集などを参考にすると良いでしょう。
1996年にデビューした『アドベンチュラー』は、1980年代初頭に販売した『TSX』以来、トライアンフが久しぶりに手がけたクルーザーである。
トライアンフを購入した1982年当時は、今と違ってバイクに乗る人がすごく多くて、各地で行われていた大小様々なレースはどこも満員御礼状態。もちろんバイク人口の平均年齢も今よりは確実に低かったはず。
1997年型では兄弟車の『T595デイトナ』と同時開発された『スピードトリプル』だが、デイトナが2001年型で大幅刷新を受けたのに対して、ストリートファイター仕様のスピードトリプルが初のフルモデルチェンジを行ったのは2002年。
2001年から発売が始まった『ボンネビル』は、1960年代に“世界最良のスポーツバイク”と呼ばれた『T120ボンネビル』を現代の技術で復刻したモデルだ。
クラシックバイクの中でもとりわけ人気の高いトライアンフ。特に50年代から60年代までの、トライアンフを含めた英国車黄金期の車両は、世界はもちろんここ日本でも古くからマニア垂涎の車両として人気を集めてきた。
トライアンフ製3気筒スーパースポーツのトップモデルとして1997年にデビューした『T595デイトナ』は、1999年になると車名を『デイトナ955i』に改め、2001年にはフルモデルチェンジを敢行。
そういった彼らを対象に、チューニングショップは、最強のトライアンフ・エンジンを当時、最も優れていたノートンのフェザーベッド・フレームに搭載した。これがトライトンの始まりで、1954年のことである。
1960年代、鎌倉山の実家の御近所に、福澤諭吉氏の曾孫にしてトップレーサーの福澤幸男氏が住まわれていた。そんな福澤氏の姿を見かける度に“レーサーになりたい”というぼんやりとしたイメージが僕の心に芽生え始めた。
毎年アメリカのユタ州で開催されている最高速チャレンジ『ボンネビル・ソルトフラッツ・インターナショナル・スピードウェイ』。1956年にジョニー・アレンがボンネビルエンジンのCee-Garストリームライナーというマシンを使って樹立した記録が214.4マイル(時速345キロ)でした。