VIRGIN TRIUMPH | 3-2 トライアンフ/マチレス対決 立花 啓毅さんのコラム

3-2 トライアンフ/マチレス対決

  • 掲載日/2015年07月03日
  • 文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)

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トライアンフとマチレスの対決は、1907年の第1回マン島TTにまでさかのぼる。そこではマチレスに軍配が上がったが、トライアンフはその雪辱を晴らすべく、第2回では圧倒的な差を付けて優勝を果たした。面白いことに、このトライアンフとマチレスの対決は、100年後のタイムトンネルでも起きた。

タイムトンネルは吉村国彦氏が主宰し、彼のセンスが生み出す空気感に魅せられ、多くの人々が集まった。その数はハンパではなく、パドックは満員電車のようで歩けないほどだった。しかもパドックパスは当時1万円もしたのだ。

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レースは幾つかのクラスに分けられ、戦前のビンテージクラスには、吉村自らが1927年のトライアンフTTフォーマンス・レプリカで参戦。トリニティスクールの富成次郎さんやブルックランズの宮崎さんは毎回珍しいバイクで人々を楽しませてくれた。その中でも速いのが、加藤さんの名車『ベロセットKTT マークⅧ』だった。

そこに灘さんがトライアンフのスピードツインで参加され、誰もが「こりゃ敵わないわ!」と嘆いた。それはそうだ。戦前のロングストローク単気筒のなかにスピードツインでは話にならない。トライアンフは、それほど優れたエンジンだった。

そのレースに、私は『マチレス G3L』でエントリー。350ccのG3Lは軍用車として作られたものだが、世界で最初にテレスコピックフォークを採用し、エンジンもクロスフローのOHVのためポテンシャルは高い。しかしサーキットでは全く歯が立たない。相手がワークスレーサーでは当たり前の話。そこで徹底的にチューンを施すことにした。

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1941年のマチレスG3L。クランクシャフトからミッションまでフルチューンした最速マシン。

まずはワイドレシオのミッションをつくばのコースに合わせて超クロスにした。製作は特殊ミッションを専門に手掛けるマトリックスの横川さんだ。エンジンは自作のカムに始まり、ビッグバルブやビッグボアピストンなどひと通りのスペックを組み込んだ。

実はこれらを支える裏スペックが大切なのだ。特にプッシュロッドの剛性は性能を大きく左右する。そりゃそうだ。ロングストロークの長いプッシュロッドでは力が逃げてしまう。そこで高剛性のスバル用に変更した。一度にフルスペックにすると個々の効果が判らないため、大変だが何回かに分けてテストした。すると面白いもので、裏スペックの効果が非常に大きいことが判ってくる。

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ところで、G3Lは圧縮比を狙いの10まで上げると、ピストンが破損してしまった。原因は鋳鉄ヘッドのため異常燃焼を起したのだ。そこで鋳鉄ヘッドに銅板を溶接して冷却性を高めた。また点火時期を2度ずつ変えてベストを見つけ、ベストから2度遅れたところにセット。今度はそこでメインジェットを振り、やや濃い目に決めた。手間はかかるがピストンの裏側の色を見て、温度を確認しながらスペックを決める。要は、パワーを出しながら燃焼温度を下げたのだ。

戦前はレーシングマシンも異常燃焼には苦労したようで、ベロセットはアルミより熱伝導の良いブロンズヘッドを採用していた。磨き込むと真鍮のヘッドは黄金に輝き凄味が出る。

AJSのワークスはさらに熱伝導の高いシルバーヘッドを起用した。銀はあまりに高価なため試作のみで終わったが、当時の技術屋はユニークな発想で、次々と面白いものを作っていた。

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私のG3Lはパワーを出し過ぎたため、クランクケースがガバッと割れてしまった。同時にクランク大端部が折れ、コンロッドも曲がってしまったのだ。早速、英国から部品を取り寄せたが、その値段の安さにびっくり。クランクケース左右で29,000円。ヤマハSRでもこの価格では買えない。クランクピンやコンドッド全部入れても7万円だった。それ以上に驚くのは、70年以上前の部品が、ネジ1本から全て揃うことだ。

クランクの組み替えと合わせてバランス取りを行なった。お願いしたのは“神様”と呼ばれた原さん。いわゆる原チューンである。この効果は非常に大きい。

では当時のフレームはと言うと、その完成度はエンジンよりもさらに遅れ、どれも自転車のようなヤワな構造だった。そのためG3Lはパイプと鉄板でかなりの補強をした。またロール軸を下げるため、フロントフォークを縮め、バネレートも上げて回頭性を高めた。

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これらの効果は非常に大きく、コーナーでは首を入れるだけで、狙ったラインをトレースできる。駄馬のG3Lが駿馬のスピードツインやKTTマークⅧを抑えて、ついにお立ち台の真ん中に立った。タイムトンネルでのトライアンフとマチレスの対決は、マチレスに軍配が上がったのだ。

ところで吉村とは高校時代からの無二の親友で、彼はなかなかの文化人だった。落語や映画に始まり、食道楽で酒にもうるさい。もちろん着る服にも一家言あり、タイムトンネルでは『紅の豚』のコスチュームで登場。だからこそユニークなタイムトンネルが主催できたのだろう。

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そんな愛すべき吉村も少し前に他界し、多くの友が涙した。

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