番外編 2-2 ヤマハ パーフォーマンスダンパー 考案者・沢井誠二の開発者魂
- 掲載日/2015年11月13日
- 文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)
前回、ヤマハの「パフォーマンスダンパー」をノートンのフェザーベットフレームに取り付けたところ、操安性が大幅に向上。さらにはエンジンの振動が減少し、ブレーキのコントロール性までも改善したという驚きのご報告をした。
今回は、その魔法の杖を開発された、ヤマハの沢井誠二さんに色々と伺うことにした。
私も長い間、バイクやクルマを開発し、個人的にもいろいろとチューンし、車体の剛性アップも行ってきた。しかし車体の減衰までは考えが至らなかった。それは自動車メーカーの専門家も同様である。車体の減衰に考えが及ぶには、サスペンションは勿論のこと、タイヤからボディまで熟知し、さらに評価能力が高くないと判らない。
事実、沢井氏の評価能力はハンパではなく、自動車業界広しと言えども彼を超える方は存じ上げない。そんなことからも沢井さんの技術屋魂は気になるところだ。
彼は若い頃、クルマをチューンし、ラリーやジムカーナに出場していたという。当時はレーシングキットなどあるはずもなく、いろいろなものを組み合わせた試行錯誤のチューンだ。彼のスゴイところはここから先だ。ダンパーを家庭用の体重計に乗せ、上から押して、針の動きと手に感じるストロークで特性を掴み、チューンしていたという。いかに研究熱心かが伺える。
ヤマハに籍を置いた後は、バイクの振動・騒音実験、次にエンジン設計を経験した。その後、社内公募でオーリンズ(当時ヤマハの子会社)とのサスペンション開発プロジェクトに参加。しかし彼は、既存の開発では満足しきれず、独自技術を確立したく、オリジナルサスペンションの開発部門を立ち上げた。新たなものを創り出したいという、開発魂に火が着いたのだ。
最初に着手したのが『X-REAS』という前後左右を配管で連結したダンパーシステムである。ロールとピッチにのみ減衰を付加し、上下動はソフトにいなすという、いわば理想のアクティブサスペンションである。それをごく普通のダンパーで構築した。
X-REASはアウディとトヨタが採用し、アウディのRSシリーズには今も装着されている。電子制御ではないため、応答が速く人間の感性に沿った良さがある。その効果は大きく、当時、超フロントベビーで直線番長だったクワトロを気持ちよく旋回させたのだ。
その自慢のX-REASを引っさげ、欧州メーカーを総当りで営業した彼は、当然現地のトップドライバーと乗り合う機会が増えた。自動車メーカーのテストコースは勿論のこと、ニュルブルクリンクなどで行う新型車開発にも参加した。すると、頭の中にあるクルマの「走りのモノサシ」がみるみる成長したのである。
ある自動車メーカーからの依頼でサスペンション開発を行った。X-REASを使ってチューニングしたが、どうしても「走りのモノサシ」が許さない。ダンパーやバネだけでは限界があり、ボディ側の剛性を上げた。さらにはブッシュ類やストラットのマウンティングラバーにも手を加えた。考えられるあらゆる手を打ったが、理想とする結果が得られない。
考えてみると、鉄製の車体もゴムと同様に、反力が働いていることに気が付いた。ゴムは野球のボールのように必ず反力が発生し、乗り心地が不快なだけでなく、接地性も悪化する。同様なことが鉄板の車体にも起きていることが判ったのだ。
テストを繰り返すうち「減衰する車体にすれば全てが解決する!!」と、電光石火のごとく頭をよぎった。諸悪の原因が車体の減衰にあることを確信した瞬間だった。というのも、彼は静岡大学で振動系を専攻していたため、そういった眼でクルマを見ることが出来たからだ。
早速試作品を取り付け、テストコースを走らせた。すると懸案だったブレや揺らぎが劇的に改善。パフォーマンスダンパーの誕生である。30センチにも満たないチッポケなダンパーで、クルマに革命を起すことが出来たのだ。日本車は長年欧州車を目指していたが、これで完全に追い越せると、声に出ない思いが湧き上がった。
しかしそこからが苦難の連続。「動かないところにダンパーをつけてどうするのか?」社内の振動の専門家は笑い、「ただの棒じゃないか」とも揶揄された。自動車メーカーに説明しても「本当に効くのか?」と疑問視された。そこで試乗してもらうと、顔色が代わり、次々に採用決定となった。
今では知る人ぞ知る「魔法の杖」だが、理解してもらうのに、これほど苦労したものも無いという。
パフォーマンスダンパー取り扱い店
【2輪用】
ヤマハ推奨はワイズギアのパワービーム適合機種。自己責任でブラケットを作れば、どのバイクにも取付けは可能。
【4輪用】
アフターとしてCOX BODY DAMPER(コックスボディダンパー)がある。ヤマハと独占契約し、かなりの機種用に展開している。
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