5-2 マツダ787Bでグッドウッドに参戦
- 掲載日/2016年06月03日
- 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)
グッドウッドのオープニングセレモニーがいよいよ始まった。巨大なテントの特設ステージには正装した紳士淑女。そして我々ドライバー達はレーシングスーツで出席した。
この誉れ高きドライバー達には、ブルーのリボンの付いた大きなメダルが授与された。これを胸に下げていると、誰の眼からも出場ドライバーであることがわかる。
驚いたのはセレモニーの会場から出ようとした時だ。出口は往年のドライバーをひと目見ようと黒山の人であふれていた。何を勘違いしたのか、私にもサインを求め、写真を一緒に撮りたいという。メダルを下げているのでジョン・サーティーズやジャッキー・イクスさん達と一緒に見えたのかも知れない。
このグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードには、世界各国から人々が集まり、その数なんと10万人。格式が高いため、名車を持っているぐらいでは、エントリーできないのだとか。
じつはこんな話がある。地元の有名なジャガー愛好家で、クラシック・ジャガーを何台も所有されている方が、ジャガー・デーの時に声すら掛からず嘆いたそうだ。
そんなことはつゆ知らず、ある時グッドウッドの広報資料を見ていると、来年は「ル・マン」をテーマ…という文字が目に飛び込んだ。といってもエントリーできるのは優勝したマシンのみ。日本ではマツダしかない。
早速、予算も含め社内で調整し、1991年に優勝した787Bを携えて参加することにした。長い間動かしていないので入念に整備を行い、特殊サイズのタイヤも手配。雨の富士スピードウェイでシェイクダウンしたのち、空輸で送った。
マーチ伯爵邸に伺うと、ファミリーハウスの前には1924年の第2回に優勝したベントレーに始まり、1939年のブガッティ・タンク、ジャガーC、Dタイプ、アストン、フェラーリ、フォードGT40、ポルシェ軍団、シルクカット・ジャガー、そしてマツダ787Bが丸く並んだ。
こうして世界中から集まった名車は、ル・マン以外も含めると、なんと263台。その全てが博物館にあるような魂を抜き去ったものでなく、神話を作った実動するホンモノなのだ。
その壮観な光景を2階の窓から伯爵の奥方らしき方が眺めている。主催するマーチ伯爵は40代後半という若き事業家で、無論ご自身もハンドルを握る。
ル・マン・カーのハンドルを握るのは、その時のドライバーが存命なら、本人がドライブしてタイムアタックする。1960年に優勝したテスタロッサは、ロスに住むオーナーが持ち込み、その時に優勝したポール・フレールさんが今回もドライブするのだから、本人もニコニコ顔だ。その横には小林彰太郎さんもおられ、小林さんにはここでもお世話になった。残念なことに、このお2人は既に他界されてしまった。
ル・マン・カー以外では、1894年にパリ・ローマを走ったプジョー・タイプ5、インディのトラックレーサー、さらには、前年F1で優勝を果たしたマクラーレン・メルセデスが狭い1.87kmのヒルクライムコースでタイムを競う。
そんな走りを見入っているうちに、自分の番になってしまった。私がエントリーしたバッヂ8のル・マン・クラスには、ポルシェ936にジャッキー・イクスが、その後ろのシルクカット・ジャガーにはジョニー・ブートが、そして787Bが私で、その後ろのザウバー・メルセデスはヨッヘン・マスがドライブする。そんな顔ぶれが並ぶ。
787Bは830kgの車体に700馬力だ。恐る恐るコクピットに潜り込み、元気よく飛び出したものの、なにせ1.19kg/PSのパワーウエイトレシオでは、むやみにアクセルを開けられない。
スタート時にタイヤスモークを上げただけで、後は静かに静かに、である。コースの幅員は6メートルたらずで、その両脇に干し草を束ねたバリアがある。そこへ集まった鈴なりの観客の中を“クァーン! バッラバッラ! フォーン!”と、あの独特のけたたましい音を響かせる。それは痛快そのものだが、恥かしいかな目線が追いつかない。
このクルマはマツダの宝、いやゼッケン55は世界に1台しかないから国宝みたいなものだ。そうかと言ってエンストしても格好悪いし、さりとてロータリー・サウンドを響かせないとここまで来た意味もない。日本から参戦しているのは私だけだし…。そんなことが頭の中を駆け巡った。
グッドウッドはそういった走りだけでなく、カルティエが主催するコンクール・エレガンスも併行して行われる。そこではイスパノ・スイザやドライエが美しさを競い、思わず息を呑んでしまう。
このイベントは世界最大級というだけでなく、色々なことを考えさせらるものだった。
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