6-3 バウハウス的な『ベロセット LE MKⅢ』
- 掲載日/2016年11月11日
- 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)
この武骨なスタイル! 誰もが見ても「!」マークを付けたくなるほどだが、どこか愛着を感じてしまう。武骨でありながら何か訴えかけてくるものがある。それは英国車でありながら、ドイツ・バウハウスの機能的なデザインであるからだと思う。
もともとLEの試作車は、建築資材のようなL型鋼のアングルを組立て、そこに最も静かなエンジンを搭載したという。
ベロセットと言うとオーバーヘッドカムの高性能車を連想するが、このエンジンはベロセットが活動した66年間の歴史の中で、最もユニークなものと言える。
彼らは1940年代に「世界一静かなエンジンを作ろう」と、水冷のフラットツイン、サイドバルブ、排気量150ccのエンジンを設計した。
そのエンジンは、スペックを見ただけで静かであることが想像出来る。水平対向は互いに偶力を打ち消し、水冷はフィンからの放射音がない。サイドバルブは燃焼時間が長いため、燃焼音が静かである。さらにシャフトドライブを採用したため、チェーンのガシャガシャした音もないのだ。
実際にLEは、キックペダルが手で下ろせるほど軽く、音もなく静々と回り続ける。走り出しても実に滑らかだ。
面白いのは、LEに乗るとなぜか背筋を伸ばした乗車姿勢になる。そう、このLEは旧いイギリス映画に登場する、ポリスが乗っているバイクなのだ。トレンチコートを着たポリスが背筋を伸ばして乗っているあのバイクで、跨ると乗車姿勢がなぜか映画のポリスになってしまう。
映画のシーンや旧友の吉村国彦(タイムトンネルの主催者で文化人だったが3年前に他界された)が乗っていたこともあって、妙に気になっていた。
そんな時期に、あろうことか当時、バウハウスで学ばれた山脇 巌、道子夫妻が帰国する際に持ち帰ったLEを手に入れることが出来たのだ。
バウハウスは1919年ドイツに設立され、工芸、デザイン、写真などを含む美術と建築を総合的に教える学校である。デザインは合理的で機能主義であることを目指していた。学校として存在したのは、ナチスによって1933年に閉校されるまでのわずか14年間だった。
しかしこのバウハウスの活動は、卒業生150人によって全世界に広がり、現代美術に大きな影響を与えた。その中に山脇 巌、道子夫妻もおられ、ご夫妻は帰国後、日本にバウハウスを知らしめ、モダンデザインに多大な貢献をもたらした。
私は以前からバウハウスに興味があり、バウハウスが誕生したワイマール(現ドイツ)を訪れたことがある。家族4人でレンタカー(アウディA4 DEワゴン)を借り、ヨーロッパ1周、約4,000km走った際に旧東ドイツを見て回り、ワイマールに2泊した。
ワイマールは今もヨーロッパの文化首都として位置づけられる、非常に美しい街だ。なにしろゲーテ、ヘーゲル、バッハ、リストなどがここをホームグランドにしていたのだから。
この地にバウハウスが誕生し、今も当時の校舎がそのまま使われている。中に入ってみると、ガラス張りの建物は機能主義でありながら何とも言えぬ心地良さがある。中央階段を上り下りすると、鉄枠のガラス窓には緑の木立からの陽光が降り注いでいる。
じつはこの旅行の後に我が家を設計したこともあり、種々の面でバウハウスの影響が出ている。残念だったのは、バウハウスのような鉄枠のガラス窓を採用したかったが、建築会社から出来ないと断られたことだ。
LEのデザインはバウハウス的だが、時系列で見て実際にバウハウスがLEをデザインしたとは考えにくい。おそらくこの学校の卒業生が、母国英国に戻り、デザインしたものと思う。特に初期型は、よりバウハウス的に見えるのはそのためだと思う。
考えてみると、英国車のLEがドイツのバウハウス的なのは、卒業生がデザインしたとしても、ベロセットの創始者であるヨハネス・グッゲマンの心のなかに母国ドイツがあったからだろう。
一方で、そういった彼の一連の成功が英国内務省から認められ、正式に英国人となった。そして名前をジョン・グッドマンに変えたが、LEには、人には見せない彼の内面が現われているように思う。無骨なLEも、丸みを帯びながらマークⅠからⅢまで発展し、23年間生産された。
- エンジン=水冷水平対向2気筒 サイドバルブ
- 排気量=149cc(のちに192cc)
- 内径×行程=69.0×93.0mm
- 出力=8hp/6,000rpm
- 最高速度=80km/h
- 車両重量=113kg
- サスペンション=F:テレスコピック/R:スイングアーム
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