6-6 ボロでも男を誘惑する『ジャガー・マークⅡ』
- 掲載日/2017年03月03日
- 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)
「いい女とは?」と聞かれると「気品と色気を兼ね備えた女」と答えるだろう。もちろん賢いことも必要だが、言い出したら切りがない。クルマも同様で、丈夫で燃費がよいだけでは、愛情は生まれにくい。
ジャガーは昔からそういった気品とセクシーさを併せ持ち、それでいてスポーティだ。この気品と色気は旧い年式ほど濃密だが、普段の足に使おうとすると、両立点はマークⅡしかない。
「5」ナンバー枠に収まるサイズでありながらルーミーな室内。その前方には強力な3.4L直6エンジンを納め、それでいてトランクは1,115mmの奥行きを確保。じつに合理的な設計がなされている。
ルーミーに感じるのは、シートバックが低く、前席と後席の顔が互いに見えるからだ。また、木と革を巧みに使っているため、上質なリビングルームのようである。そのためドアを閉めた瞬間、自然に会話が始まる。
木と革の使い方の巧さは、イギリス人に染み込んだ文化だと思う。英国の冬は寒くどんよりとした暗い世界が続く。そのため建物の内部に暖か味を感じる木と革を使うようになったという。
クイーン・アン様式の家具に代表されるように、上質なくつろぎを醸し、しかも実質的な使いやすさがある。この裕福かつ、つつましやかな世界感が彼らの家である。そういった豊かなインテリアを、そのままクルマのシャシーに載せようと考えたのだ。
またジャガーが上品に感じるのは、ステアリングホイールやシフトレバーが細く、白魚の指先にでも触れるかのような錯覚を抱くからだ。乗り心地もリーフのリジッドとは思えないほど滑らかで、路面のザラザラ感は伝わってこない。この質感がジャガーなのだ。
当初、ジャガーは「プアマンズ・ベントレー」と酷評されたが、それがかえって我々庶民にはアストンやベントレーとは違う親近感を抱かせているのかもしれない。
ジャガーの魅力は、ドライバーがのんびりしたい時には上品に振る舞い、ひとたび鞭を入れると野獣性を発揮する、この二面性があることだ。二面性はデザインでも上手く表現され、上品に見せながら、角度を変えるとネコ科の動物が獲物に飛びかかるようにも見える。
しかし、いつの時代も装飾的技法が過剰である。それは対米輸出を主体にしたため、英国車の精神的な贅沢を米国においてプレステージ化し、表層的な部分を誇張したからだ。
創始者ウィリアム・ライオンズは、デザイン面に秀でていただけでなく、それ以上に商才にも長け、広告宣伝や販売の上手さによってジャガーを成功に導いた。
私自身、いい加減に浮気を止めて一生の相手にと、このマークⅡを選んだ。素性のはっきりしたものを英国で探し、現地でレストアしてから送ってもらった。ところが、写真や交換部品リストを信用したのが大間違いで、想いとはかけ離れたものがやって来た。
仕方なく自分でレストアすることにしたが、ある日エンジンを掛けた瞬間「ガッツン」という音と共に息の根が止まってしまった。原因は、ブレーキ用の負圧タンクに長年溜っていたフルードがエンジンに吸われ、液体圧縮を起こしたのだ。
幸いガスケットが抜け、バルブが曲がっただけでコンロッドには被害が及ばなかった。この際、エンジンのオーバーホールのついでに少しチューンしてやろうと、ポートを今風に修正し、圧縮も上げてやった。
すると50年以上も前のクルマが、タイヤスモークを上げて猛ダッシュするのだ。それもそのはず、マークⅡは小さな身体にXKエンジンを搭載し、ツーリングカーレースで連戦連勝を重ねた兵だ。ドライバーにはスターリング・モス、グラハム・ヒル、ジョン・サーティースといった神様的名手が乗っていた。
エンジンが回復して気を良くしたものの、ブレーキがあまり効かない。原因は錆びだらけのマスターバックだろうと考え、英国から新品を取り寄せた。ところが症状は一向に良くならず、マスターバックを分解し、チェックバルブは息を吸って方向を確認し、構造を紙に描いて原因を調べた。すると、元々の配管が間違っていたことがわかった。
これでやっと走れると思いきや、ブレーキの油圧が上がったため、今度はホイールシリンダーが抜けてしまった。といった具合に次々と問題が続出。
はっきり言おう。いくら気品と色気を兼ね備えた美人でも、これほどのボロはない。しかしこれほど人をその気にさせるクルマもない。それがジャガーである。
- エンジン=水冷直列6気筒DOHC
- 内径×行程=83×106mm
- 圧縮比=8.0
- 最高出力=210hp/5,500rpm
- 最大トルク=29.9kgm/3,500rpm
- サイズ=全長4,590×全幅1,695×全高1,460mm
- 軸距=2,730mm
- トレッド=F:1,400/R:1,360mm
- 車両重量=1,447kg
- サスペンション=F:Wウィッシュボーン+コイル/R:リジッド+カンチレバーリーフスプリング
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