6-15 メグロ・スタミナKが範とした『BSA モデルA7 シューティングスター』
- 掲載日/2018年02月09日
- 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)
その昔、自動車専用道路として横浜新道(横浜バイパス)が作られたが、その理由をご存じだろうか? それはかの吉田茂首相が自宅の大磯から国会まで通うに際し、混んだ横浜をバイパスするために作った道路だった。そのワンマン総理のワンマンを取ってワンマン道路と呼ばれていた。
当時、日本にはスピードの出せる場所が少なく、この横浜新道が唯一の場所だった。我々「カミナリ族」は、誰言うことなくここに集まり、街道レースを繰り広げていた。カミナリ族とは、バリバリ爆音をまき散らせていたため、そう呼ばれていたのだが、当の我々は純粋にバイクが好きな若者だった(6-12章参照)。
時を同じくしてイギリスでも「エース・カフェ」や「ジョンソン・カフェ」に集まり、スピード命の若者が街道レースを繰り広げていた。
この街道レースに分け入るようにメグロのスタミナK1が現われた。トライアンフ・ボンネやBSAゴールドスターの英国車軍団に、まだ性能が低かった国産バイクが参戦してきたのだ。
その主はメグロのテストライダー、横内一馬である。彼はK1の試作車に臨番を括り付け、サイレンサーを取り外し、英国車に負けないビートを響かせていた。
K1の500ccOHVバーティカルツインは、BSAシューティングスターを範としたもので、ボア・ストロークもシリンダーのフィンの枚数も同一。部品さえも互換性のある瓜ふたつであった。
違うのは圧縮比を7.25から8.3に高め、マグネトーの手動進角をバッテリー点火の自動進角に換え、出力はBSAシューティングスターの32.4馬力に対してわずかに高い33.0hp/6,000rpmを確保していた点である。車体はループ型フレームを採用し、それまでの650セニアより25kgも軽い190kgに収め、小柄で扱いやすかった。
そうはいってもゴールドスターは500ccのシングルで40hp/7,000rpm、車重はわずか140kgだから、スタミナK1がそれほど速いとは思えない。ところがこの時のK1はまだ試作車で、いろいろと手を入れたスペシャルマシンのようだった。また街道レースは度胸で決まる面もあるため一概に性能だけでは言い切れないが、我々はK1に鮮烈な印象を受けた。
このスタミナK1は、1960年の東京モーターショーで発表され、大注目を浴びた。しかし会社は悲運なことに長期にわたる労使紛争が仇となって、目黒製作所は翌年の8月、カワサキに吸収されたのである。その結果、K1は1924年に創立した老舗の目黒製作所が最後に世に送り出したバイクとなった。
この目黒製作所は、私の自宅からほど近い目黒川沿いにあり、最後に訪れた時には漆喰の白い壁にインク壺が投げつけられ、机やロッカーはひっくり返り、足の踏み場もなかった。
その後K1は、カワサキによって引き継がれ、カワサキ650W1に進化。1966年にアメリカ市場に向けて発表されたのである。無論、これを開発したメンバーは明石に移ったメグロの技術屋たちである。
本題のA7シューティングスターに話を戻そう。シューティングスターはDBDゴールドスターより1年早い1955年にリリースされ61年まで6年間作られた。DBDのレースに対応したスーパースポーツに対して、シューティングスターはスーパーロードスポーツという位置付けの高性能なツーリングバイクである。
競合相手のトライアンフと比較すると、トライアンフの5Tスピードツインは、1937年の発表で、26hpであったのに対して、シューティングスターは、トラから9年遅れの1946年で、同じく26hpだった。
これは初期型同士の比較だが、最終的な性能ではトラが39hp/7,400rpmに対してBSA-A7は32.4hp/6,250rpmである。
トライアンフのスピードツインは出力だけでなく、ピックアップや走行フィ-ルでも一枚上手だった。それはそのはず、このスピードツインのエンジンは、かのエドワード・ターナーが手掛けた2気筒で、世界中で高い評価を得て、これによって2世代目トライアンフが花開したのだから。
因みに第1世代のトライアンフは、1936年に倒産したが、それを立て直したのがJ・サンダースとアリエルに在籍していたE・ターナーである。
シューティングスターは、長いプッシュロッドで駆動するOHVで、ボア66mm、ストローク72.6mmのロングストローク。良好な半球形の燃焼室を持つが、難点はインレットもエキゾーストもポートが潰れたような形状をしていることだ。この潰れたところをスナップ状に修正するだけで大幅にパワーを上げることができる。
ヘッドはアルミと鋳鉄の2種類があり、鋳鉄ヘッドのシングルキャブモデルは、放熱不足のためか性能は低く抑えられているようだ。
因みにBSAは2気筒をAシリーズ、単気筒をBシリーズと呼ぶ。晩年に3気筒をリリースしたがRocket3の名で発表。このAシリーズには、今回のA7と、A10、A65がある。
- エンジン=空冷並列2気筒OHV
- 排気量=497cc
- 内径×行程=66×72.6×2
- 出力=32.4hp/6250rpm
- 変速機=4速
- サスペンション=F:テレスコピック R:スイングアーム
- 車重=189kg
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