T140ボンネでスタートしたトラ最速レーサーへの道 vol.07
- 掲載日/2015年04月10日
- 写真・文/小沢 和之(ライター)
前回の北海道ツーリングの続き、今回はサロマ湖を後にして帰路までの後半戦にお付き合いお願いいたします。
サロマのユースホステルではたくさんのライダー達と知り合いになり、その後は手紙のやり取りも何年か続いていましたね。もし当時、すでに携帯やメールでのやり取りをしていたら、その付き合いは半永久的に繋がっていたかも。ネットなら消去しない限りデータは残るけど、手書きの住所録とかはいつのまにかどこかに行っちゃう可能性もあるから。よくネット社会は上辺だけの付き合いとか、手書きの文字の温かみは大切とか言うけど、それぞれを上手く使いこなしてこそ、人との繋がりが永く残るってものなんだろうな?。
サロマを後にし次なる目的地となるのは北海道の真上に位置する稚内、ここまでは右手に雄大なオホーツクの海を見ながらトライアンフのアクセルをグイグイと開けての快適走行。途中休憩を取りながら手紙を書いている時に前編で一緒だったCB250RSライダーと再会、行き先が同じなので一緒に稚内を目指す事となりました。
単気筒250ccの非力なCBなのですが意外や意外、このバイクすっごく走るんですよ。北海道と言えば信号も無くただひたすらアクセルを開け続けて走るイメージなんですが(イメージですよ)、ナナハンのワタシのバイクがストレス無く走るペースと同等に走ってくれる。さすがホンダのシングルエンジン、タフな底力を十分に見せつけられました。2台のバイクの呼吸もシンクロ、いいペースで距離を伸ばしその日の宿泊地点も近づいて来た。昨日はサロマ湖に沈む幻想的な夕陽でしたが、この日の夕日はオホーツクに沈む雄大なもの。ツーリング中、朝陽を見る事はなかったけど夕陽は無事故のご褒美として毎日見る事が出来た。だいたい夕陽とともにその日の宿泊地に到着していたので、沈む太陽に「今日も一日見守って頂きありがとうございます」と感謝の気持ちと無事を報告してました。
高台にある稚内のユースから街の夜景がキレイに見えて、その日の夜もライダー同士で話が弾む。ちなみにユースの晩メシはセルフが基本だったので、食べ終わった食器などは自分たちで洗ったり仕舞ったりをしなくてはなりません。けどこれが意外と楽しくて、ライダー以外の宿泊者とも話すきっかけになるんですね。年配の宿泊者はあまり見受けられなかったから、「ユース」はその言葉通り「若者」だったんでしょうね。今のユース事情はまったくわかりませんが、宿泊地のひとつとして、選択価値は高いと思いますよ。
前日一緒に走ったCBさんとは朝にお別れ、ワタシは次なる宿泊地の岩見沢を目指します。海岸線を南に向かっていると前方になにやらリヤカーらしき物体を押している人を発見。追い越し様に目をやるとそのリヤカーに「日本一周」の文字を発見。なんとこの方自らを「忍法和泉流速歩術 始祖 阿面坊鈍亀」と名乗り手押のリヤカーに旅道具一式を詰め込み、日本一周の真っ最中だったのです。
真っ黒に日焼けした小柄なおじさんでしたが、その歩みには力強いものを感じました。頂いた名刺には大正9年生まれと書かれていたので、ご存命なら今年で95歳。生きていて欲しい?。そして今でも歩みを止めないで、元気に歩き続けていて欲しい。
岩見沢での宿は、「北海道に仕事で向かう」と言う行きのフェリーで知り合った方達の宿泊先。ずうずうしくも聞いた住所の旅館を訪ねて1泊させて頂きました。この方達は新宿の測量会社の方達で、北海道の測量に向かう途中に遭遇。もしツーリングルートに岩見沢が含まれていたら寄りなさいと宿泊先の住所をもらっていたので、その日の夜はそれまでのユース泊ではなく旅館での美味しい晩メシと温泉、測量で廻った全国各地の話やそれにまつわるあんな話やこんな出来事、そして就寝はフカフカの布団でぐっすり、と今までとはまた違った旅の楽しさを経験する事が出来たのです。なんかいい経験したよな?。まさに旅は道連れ世は情けってやつですね。
翌朝お世話になった皆さんに別れを告げ、次なる目的地は北海道の大都会札幌です。札幌は宿泊地ではなく観光目的で、時計台や大通り公園、ラーメン食べたりと一通り堪能し、その日の宿泊地の洞爺湖ユースに到着。洞爺湖の夕焼けもまたきれいだったな?。ここのユースはライダーよりもクルマや鉄道での旅行客が多く、中にはコロラドから来たと言うひとり旅の女子もいて、それまでとは違った会話で盛りあがったのでした。
旅の楽しさっていろいろあるけど、ソロツーリングの面白さは知らない人とどれだけ会話をするかってのも醍醐味なんだと思う。ただただ走って走ってじゃなくて、立ち止まってその土地の人の話や、同じように旅をしている人からいろんな話を聞く事が出来るのも旅人同士ならではでしょ。
さぁ、そんな楽しい旅もいよいよ終盤、洞爺湖から壮別温泉を抜けオロフレ峠でコーナーを攻め、その頃はまだ北海道のあちこちに残っていたダートを走り切れば、最後の宿泊地である登別に到着。翌日は早朝苫小牧でフェリーに乗船なので早寝からの早起き、とうとう北海道に別れを告げる朝がやって来たのです。このツーリングで出会った輸入車ライダーはサロマのハーレー1台のみ、あとは自分のトラだけだったから’80年代初頭、北海道を外車で旅するライダーは少なかったのかもね。たぶん今のように外車ディーラー(ショップ)が全国各地に点在しているわけでもないし、バイク自体の信頼性も浅かったのかも。ただ逆にそのおかげでトラはどこでも人気があり、ユースや観光地の駐車場でたくさん写真を撮ってもらいました。
実はその後、北海道へは5年連続でツーリングに行き、楽しい思い出をわんさかと作ったのです。旅はいいよね?、また北海道に行きたいね。同じルートを辿るのもいいし、一度も訪れた事がない秘境へ向かうのも楽しそう。あの頃は快調に走っていた道の先がいきなりダートに変わったり、鹿やキタキツネとの遭遇によろこんだり、あの広い北海道で東京の知り合いに声をかけられたり、行かなきゃ味わえない経験が旅には絶対潜んでる。道内に高速道路が出来たって旅の楽しさが減るわけじゃない。久々に今年の夏は北海道に行ってみよっかな。
約30年ぶりの北海道ツーリング、誰か一緒に行きませんか?。
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