他に類を見ない奥深い「味」を持つ名門ボンネビルのT100 バド・イーキンス・スペシャル・エディションを試乗インプレッション
- 掲載日/2020年06月16日
- 取材協力/トライアンフ モーターサイクルズ ジャパン 取材・文・写真/小松 男
ソフィスティケートでありアイデリック両極を上手くバランスする希有な一台
2019年のEICMA(ミラノショー)にて発表されたトライアンフのニューモデル、T100/T120 BUD EKINS SPECIAL EDITIONが日本にも上陸した。これは1960年代にアメリカで活躍したスタントマン、かつオフロードレーサーでもあるバド・イーキンスの功績を称えたモデルである。トライアンフのモダンクラシックシリーズらしく、都会的な街並みにおいても、牧歌的な風景の中にあってもとても似合うモデルとされているのだが、恥ずかしながらそもそも私はバド・イーキンスという人物の存在すら知らなかった。そこで書棚に並ぶ様々なバイク史文献を見返してみたが、そこにも彼の名前は出てこなかった。スタントマンという立場上、あくまでも裏方に徹していたということなのだろうが、ではなぜ今そんなバド・イーキンスという人物をフューチャーしたのかを、まずは考えることから始めてみる。
T100 バド・イーキンス・スペシャル・エディション 特徴
伝説のスタントライダー『BUD EKINS』とは何者なのか氏の生き様は、その後のトライアンフを昇華させた
バド・イーキンスはスタントマンとして活躍する傍ら、トライアンフ・ディーラーも営んでいた。さらに50年代にカリフォルニアで開催されていたカタリナグランプリやビッグベアデザートランで3度の優勝、世界最古のオフロードバイクレースと言われるインターナショナル・シックス・デイズ・トライアル(現在のISDE)でのゴールドメダル獲得の他、数々のレースで栄光を勝ち取ったプロライダーでもあった。そしてそのほとんどはトライアンフのモーターサイクルで成し遂げたものでもあった。
当時を代表するハリウッドスターであるスティーブ・マックイーンとも親しい仲であり、 「The Great Escape(大脱走)」の劇中でもっとも印象的なシーンであるトライアンフでの大ジャンプは、イーキンスが行ったものだったと後に明かされている。イーキンスは1980年にオフロードモータースポーツの殿堂入りを、1999年にはAMAモーターサイクルの殿堂入りを果たしており、2007年に77歳でこの世を去っている。
アメリカのフロリダ州に住む世界的にも有名なビンテージトライアンフコレクター、マイク・クローネという人物がいるが、70歳を超える彼は10代の頃、バド・イーキンスが営むディーラーに10年通い続けたそうだ。イーキンスはハリウッドスターをはじめ、アメリカの若者たちにトライアンフブランドを愛してもらうために、誰よりも努力していたと当時のことを振り返る。 英国生まれのモーターサイクルブランドであるトライアンフが海を越え、アメリカという地で人気を博するようになったのはバド・イーキンスの存在をなくしては成しえなかったということなのだ。その彼を今一度リスペクトする形で、スペシャルモデルが生み出されたのである。バド・イーキンス・スペシャル・エディションはT100とT120の2モデルが用意されており、この項では前者のテストを行う。
T100 バド・イーキンス・スペシャル・エディション 試乗インプレッション
ただ走らせるだけで得られる多幸感バイクのある人生を楽しめる素敵なバイク
T100バド・イーキンス・スペシャル・エディションは、1959年に登場した初代ボンネビルをイメージしつつ現代に蘇らせたボンネビルT100をベースとしており、そこに専用パーツがふんだんに奢られたモデルとなっている。専用パーツの詳細は追って説明するとして、まずは車両の説明からしてゆこう。
排気量900ccの270度クランク8バルブSOHCバーチカルツインエンジンは、わずか3230回転で80Nmという太いピークトルクを発生させるもので、幅広いシチュエーションで扱いやすいのが特徴だ。このボンネビルシリーズにはキャブレターを採用する時代のモデルから幾度も試乗をしてきたが、歴代モデルを振り返っても、現行型T100は非常によくできていると思っている。セルボタンひとつで軽く目覚めるエンジンは、アイドリング時から心地よいツインサウンドを奏で、指一本で操作できると言っても過言ではないほど軽いクラッチを操作すると、トトト…となんなく車体を前へと押し出してくれる。インジェクションのセッティングも思わずうなってしまうほど完成度が高く、ギクシャク感が皆無なのは当然のこと、スロットルワークに対するツキの良さ、意のままに応えてくれるレスポンスはバイクを配下に抑えている優越感に浸れるものだ。
前後のサスペンションはたっぷりとしたストローク量が持たされている上に、緩めのダンピング設定で、どこか懐かしさを感じさせるふんわかとした優しい乗り心地をもたらしてくれる。かといって踏ん張らないわけでなく、スポーティなライディングをしても許容するのである。ビンテージバイクの「味」を現代的技術でしっかりと表現できている。モダンクラシック系モデルがもてはやされるようになって久しいが、ボンネビルT100ほど、バランスの良いモデルは他には無いと断言しよう。重箱の隅を突くと言うか、しいて気になった点を挙げるのであれば、6速目があれば、よりいっそうハイウェイクルージングが快適になるだろうという点くらいだろうか。
実際のところ乗り味に関してはT100ボンネビルそのものと言っていいものなのだが、バド・イーキンス・スペシャル・エディションとしてのポイントについても触れておかなければならない。一目でソレだと分からせるのは、まず手作業によるラインが描かれたツートーンの専用ペイントが施されたタンクだ。そのタンクには旧タイプのロゴが施されているほか、上部にはバド・イーキンスのロゴ、さらにはアクセサリーにも設定されていないモンツァタイプタンクキャップが採用されている。
ハンドルまわりではこれもまたアクセサリー設定の無い専用バーエンドミラーが備わっているほか、グレーカラーのグリップが使われている。その他フェンダーやサイドカバーなどにバド・イーキンスのロゴがあしらわれていたり、LEDウインカーも装備している。これら専用パーツの単体価格を合わせると約10万円にもなるのだが、ボンネビルT100のスタンダードモデル(ジェットブラック)が125万3900円なのに対し、3万9600円だけ上乗せされた129万3500円というプライスとなっている。
スペシャルモデルの証として、トライアンフのニック・ブロアーCEOとバド・イーキンスの子どもたちによる署名が記された証明書が付属する。走らせることに最高の喜びを感じさせるモデルでありながら、コレクターズアイテムとしても価値のあるバド・イーキンス・スペシャル・エディション。破格とも言えるプライスタグは、将来を見据えた投資として考えても意味のある一台なのかもしれない。
T100 バド・イーキンス・スペシャル・エディション 詳細写真
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